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2014-01-13

小説 『Y's BAR へようこそ』 第9話 【理論通りには動かないのが人間心理】

『そんなの理論的におかしいじゃん?』

半導体の製造工場でエンジニアを務める上川が、同僚と議論し合っていた。

Y's BAR には年に数回だけ、夏休みや忘年会の二次会などで来店するお客もいる。

上川もその一人で、その夜は会社の新年会の帰りに立ち寄ってくれた。



とにかくこの男、理論や根拠をとことん追求したがる。

『ねえ?マスターさあ、最近の新入社員は質問してこないからさあ、

何が解らなくて何を知りたいのか、さっぱり伝わってこないんだよっ』

『ウェファ(半導体の元)を取り扱っているんですよね?一枚あたりの単価も高いですし、

生産ラインの人間は、作業工程を間違えて割ってしまいましたでは済まされないですからね』

BAR を開業をするまでに、転職を十回繰り返したマスターが専門用語で答える。

『さすがだねェ、元エンジニア研修生。精密機械ってのは精神論で動かすものじゃないのよ。

製造ラインの部品が、たった1mm ズレただけで破損するような商品を扱ってるんだから』



その後も「半導体の奥深さ」を同僚と力説し続けた上川は、すっかりご機嫌になっていた。

『あぁ~・・・、株も理論通りに動けばいいんだけどねエ』

仕事の空き時間に、会社のパソコンで度々「株のトレード」をしているという。

成績はあまり良くないようだ。

『マスター・・俺は高値で買って、安値でブン投げる天才だっ!!』

自虐ネタがツボにはまったのか、その後ゲラゲラと笑い続けていた。

この日は「バランタインの12年」をロックでかなりの量を飲んでいた上川。

同僚が先に帰った後、マスターにサラリーマンとは違う一面を見せ始める。

『脱サラして株のトレーダーやるなんて・・マスター度胸あったねエ・・』

マスターが株の専業トレーダーをしていたことは上川も知っていた。

『度胸と運だけですよ。たまたま上手く行っただけです』

謙遜するマスターに上川が続ける。

『そんなことないよっ!!俺なんか大学出て理系の知識はそれなりに自信がある。

それなのに株って奴は、俺の分析通りに動いた試しがない。嫌になっちゃうよ・・』



少し冷静になりたかったのか、上川はチェイサーの水をグーッと飲み干した。

『各企業の「理論株価」は数字できちんと弾き出せますからね』

素早くチェイサーの水を注ぎ足してマスターが言う。

『企業分析から割安だと判断できれば、理論的にはどこで買っても利益は出るはず』

『そうなんだよっ!?だけど大きく下げると精神的に持っているのが耐えられない・・』

上川は再び、ロックグラスに手を出した。



売りが売りを呼べば、「恐怖」という名の人間心理は同じ方向へ加速して行く。

そこで一人『こんな株安、理論的におかしいよ!!何で売るんだ!?』と叫んだところで、

それが市場の出した答えなら理論はあっさりと無視され、真逆の方向へ動き続けるのである。

「アメリカがくしゃみをすれば日本は風邪をひく」

優良企業とて例外ではない。



『でもさ・・それでも面白いから止められないんだよなぁ、株は・・』

少しの間、黙って話しを聞いていたマスターも過去に同じような経験をしている。

理論的な考えを重んじる知識人ほど、陥りやすい罠があるということだ。

感情を持たない物は正確に分析できても、人の心だけは予想通りに動いてはくれない。

半導体の製造装置の「電気系統図」をパソコンで開き、故障の原因を追いかけていく上川が、

これまでに沢山の微細な部品のズレを見つけ出した話しは、何度も聞かされてきた。

マスターにとっては最も苦手だった作業、上川の頭の良さは十分に理解しているつもりだ。



『上川さん・・生意気かも知れませんが、僕からのアドバイスを聞いて頂けますか?』

『もちろんだよォ!!何でも言ってよ?』

静かなマスターの問いかけに、エンジニアの探究心で上川が返す。

『上川さんが、大きく下げた持ち株を保有し続けることが嫌になって、

その銘柄を安値で投売りした時に、僕はその株を購入する側にいます』

『うーん!!そうだよなぁ・・後で振り返れば、そこら辺からいつも上げに転換して、

冷静になってもう少し様子をみれば良かったって後悔したことが今まで何度もあったよ』



人間心理というものは、上にも下にも大きく行き過ぎるもの。

誰もが株を買いたくなるような「天にも昇る大幅上昇」は、その株にサヨナラを言う時。

反対に、悲観と怒号が飛び交うような大幅な下落時は、慎重に資金を投じ始めるチャンスだ。



『上川さんは僕よりもはるかに頭の良い人です。これだけは間違いありません。

それが株式投資での利益に結びつかないということは、やり方を間違えているだけなんです。

「株で利益を出す」という製造工程の微細なズレを修正できれば、僕なんか絶対に敵いません』

『うん・・そうか』

ロックグラスを傾けながらも、上川の意識はハッキリしていた。



『株式投資は、理論よりも人間心理の読み合いです。上川さんにお勧めしたいトレーニングは、

その新入社員たちが「何が解らなくて何を知りたがっているのか?」を日々洞察することです』

『人間心理を読む訓練だね?』

上川もウンウンと頷いてみせた。

『はい、新入社員が知りたがっている情報を事前予測して、

自分から声をかけて的確なアドバイスができるようになれば、

おそらく株式投資の成績のほうも正比例して良くなっていくと思います』



「理論通りには動かないのが人間心理」

ガチガチの理系人間である上川は、そのことを理論的に理解した。

『マスター、今日は本当に勉強になったよ』

カウンターに一万円札を置いて上川は言う。

『おつりはいらないよ。授業料に取っておいて』

上川の顔は自信に満ち溢れていた。



 END

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